特定機能病院の取り消し、どこか「たが」が緩んでいませんか


2015-06-01 (平成27年) 産経新聞論説委員 木村良一

 

医療安全に問題があるとして厚生労働省は群馬大病院と東京女子医大病院の「特定機能病院」の承認を6月1日に取り消した。特定機能病院は高度な医療を安全に提供できると厚労省から〝お墨付き〟を与えられた施設で、全国に86病院ある。大半が大学病院だ。

承認が取り消されると、診療報酬上の優遇が受けられなくなり、年間億単位の減収となる。病院経営にとって大きな痛手だ。群馬大病院も東京女子医大病院も重大な医療事故を繰り返しただけにこの制裁を謙虚に受け止め、院内のウミをすべて出し切って安全管理体制を整え、患者中心の医療を再建してほしい。

千葉県がんセンターでもやはり群馬大病院と同じ腹腔鏡手術を受けた複数の患者が死亡している。神戸国際フロンティアメディカルセンターでは生体肝移植の手術を受けた患者の死亡が相次いだ。川崎市の聖マリアンナ医科大病院では精神保健指定医の不正な資格取得が発覚した。それぞれ個別の問題はあるが、医療事故や不祥事がたて続いている。医療界の「たが」がどこか緩んでいるような気がしてならない。

「メッセージ@pen」の4月号にも書いたが、厚労省によると、群馬大病院では同じ医師による肝臓の腹腔鏡手術で患者8人が死亡した。早期に手を打てば患者の連続死は避けられたにもかかわらず、死亡事故が病院長ら病院の管理者側に報告されず、死亡原因を探る検証委員会も開かれていなかった。難度の高い腹腔鏡手術が必要か否かを検討する倫理審査も行われず、患者に対するインフォームド・コンセント(十分な説明と同意)もなされていなかった。

東京女子医大病院では人工呼吸中の小児への使用が原則禁止されていた禁忌の鎮静剤を投与された男児が死亡した。しかも同様の死亡例が数件続いていたにもかかわらず、診療科間で情報が共有されず、使用を全面的に禁止する検討もなされなかった。遠因に根深い病院内の対立が指摘されている。

両病院は組織として安全に対する危機管理の意識に欠け、実施すべきことを怠った。病院のガバナンス(統治能力)が大きく欠如していた。

とくに東京女子医大病院の承認取り消しは二度目になる。2001(平成13)年に女児が心臓手術で死亡する事故が起き、この事故を隠蔽するためにカルテを改竄したことが発覚して刑事事件になり、翌年、取り消し処分を受けた。しかし5年後には「安全管理体制が強化された」と再承認された。

再承認の際、厚労省はどんな審査を行ったのだろうか。問題点をきちんとチェックできていれば、今回の鎮静剤による死亡事故など起こらなかったはずだ。86の特定機能病院には承認後も厚労省が年一回、立ち入り検査を行うことになっている。しかしこれまでの検査では群馬大病院や東京女子医大病院の問題は見抜けなかった。

相次ぐ医療事故の再発防止に努めてこなかった病院も病院だが、「高度な医療ができる」とのお墨付きを与えた厚生労働省の責任も大きい。大学病院と医療行政への不信感が募る深刻な事態だ。特定機能病院はもともと厚労省が文部科学省に対抗して大学病院の主導権を握ろうと設けた制度でもある。厚労省には患者が安心して治療できるよう、特定機能病院の審査を厳格に行う責任がある。塩崎恭久(やすひさ)厚労相は全国の特定機能病院に対して集中的な立ち入り検査を実施し、問題点を解決することを明らかにしている。しっかりと検査して国民の信頼を取り戻してほしい。

ところで2008(平成20)年から昨年にかけて千葉県がんセンターの消化器外科で腹腔鏡手術を受けた患者11人が死亡した問題では、県の第三者委員会が3月30日、10例で手術方法の選択や手術時の対応など診療上の問題があったとする最終報告書を発表した。

腹腔鏡手術は腹部に数個の穴を開け、その穴からカメラや細長い手術器具を入れ、内部をモニター画面を見ながら行う。開腹手術に比べ、傷口が小さく、患者への負担は少ない。その半面、見える範囲が限られ、奥行きもつかみにくい。医師が高度の技術を習得していないと、器具で患者の体を傷つけて命取りになる。それにもかかわらず日本肝胆膵外科学会の緊急調査によれば、保険適用外の高難度の腹腔鏡手術を行っている病院のうち55%が倫理審査の承認を受けていない。

一般的に医師には少しでも多く難しい手術をこなして学会で認められようとする傾向がある。医師のこの向上心が医療技術を進歩させる原動力のひとつになっているのだが、これが行き過ぎると、医療事故につながり、結局は医療の進歩を阻む。

医療は患者のためにある。医療界はこの基本をしっかりと自覚し、「たが」を締め直してほしい。

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本稿は下記より転載した。

http://www.tsunamachimitakai.com/pen/2015_06_004.html