スペースXスターシップ試作機SN15、着地に成功! ー有人月着陸へ一歩前進―


 

2021-05-17(令和3年) 松尾芳郎

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図1:(SpaceX)着地5秒前のスターシップSN15、高度10 kmから機体前後のフラップで姿勢を水平に保ち降下を続け、着地寸前(約5秒前)にラプター・エンジン2基を再噴射、ノズル方向を調整しながら姿勢を垂直にしてゆっくりと着地した。

 

2021年5月5日(水曜日)午後5時24分(現地時間)、スターシップ試作機SN15は高空飛行試験を終えてゆっくりと着地スポットに着陸した。これまでの試験でいずれも着地で失敗・爆発しているため、人々が固唾を呑んで見守る中での成功だった。これまでの4回の試験では、いずれも高度10 kmに上昇、ここで「ベリー・フロップ(bellyflop)」つまり”姿勢を垂直から水平に”する操作を行い、降下するのには成功したが、着地に失敗、爆発・炎上した。

(On the afternoon of May 5th, 2021, at 05:24 PM local time, SpaceX made its fifth attempt at a high-altitude test flight and soft landing with a Starship prototype. Given the outcomes of the previous test, this event had many people on the edge of their seats. In all four attempts, the prototypes managed to reach their maximum altitude and pull off the bellyflop maneuver, but then exploded during landing (or shortly thereafter).)

SN15は、予定高度10 kmに上昇し、「ベリー・フロップ」姿勢変更を済ませ、フラップで姿勢制御しながら降下、着地少し前にエンジン2基を再着火、姿勢を垂直に立て直し、現地時間午後5時24分(米国東部時間午後6時24分)にゆっくりと着地スポットに着陸した。SN15は打上げ後6分8秒後に無事着陸した。

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図2:5月5日着地パッドに着陸したSN15は、5月14日午後にはクレーンに吊下げられ発射台Bに移動、次の発射の準備に入った。高さ50 m、重さ100 ton の巨体をクレーンで移動させる様子は一見に値する。

これまで4ヶ月間に行われたスターシップ4件の着地失敗は次の通り。

・SN8   2020-12-09 高度10 kmに上昇、水平姿勢で降下、着地前に姿勢を垂直に変更、しかしヘッダー・タンク内の燃料圧力が不足、推力が充分に出ず、減速不十分で着地、爆発炎上。

・SN9   2021-02-02 高度10 kmに上昇、水平姿勢で降下、着地前に姿勢を垂直に変更、しかし2基のエンジンのうち1基がLOX予燃焼室故障で着火せず減速不十分で着地、爆発炎上。

・SN10  2021-03-03 高度10 kmに上昇、水平姿勢で降下、着地前に姿勢を垂直に変更、エンジンを再着火するもハード・ランデイングで着地、8分後に爆発炎上。原因は、着地前の推力不足で減速不十分となりランデイング・レグの一部が破損、これでスカート部が損傷し燃料系統が破損、燃料漏れで火災が発生、爆発炎上。

・SN11  2021-03-30 高度10 kmに上昇、水平姿勢で降下、着地前に姿勢を垂直に変更、しかし着地のためエンジン再着火するも、エンジンの燃料漏れで火災となり電気系統を焼損、T + 5分49秒にテレメーターが途絶し着地前に爆発、破片が着地パッド周辺に散乱。

NASAは、今回のSN15の成功(2021-05-05)の前、2021年4月16日に「アルテミス有人月面着陸(Artemis HLS =Human Landing System)」にスターシップを採用すると発表した。開発費など総額19億ドル(約2,100億円)をスペースXに支払うと述べた。

NASAが選定した「スターシップHLS」は、月周回軌道を回るミニ宇宙基地「ゲートウエイ」と月面の往復飛行にに特化したスターシップとなる。標準型との違いは、大気圏再突入に必要なヒート・シールドおよびフラップが無いこと、月面着陸時に使う減速用小型スラスター(メタン燃料使用)を機体の高い位置に設置し着地時の砂塵巻き上げを防ぐようにしたこと、機体上部全周にソーラー・パネルを設けることなどである。スターシップHLSはスーパー・ヘビー・ロケットで打上げられ、最大で200 tonのペイロード(人員、貨物)を「ゲートウエイ」基地や月に輸送できる。

一方、同じように有人月面着陸((HLS)計画に参加を表明していたブルーオリジン(Blue Origin)とダイネテイックス(Dynetics)は、NASAに対し、4ヶ月間に4回も着地に失敗したスターシップを採用することには承服できないと苦情を申入れた。苦情の内容は、NASAのスペースXに対する監督・助言が十分でないことを取り上げ、ダイネテイックスは61ページに達する苦情書を作成、ブルーオリジンとの共同署名入りで[政府予算審査局(GAO=Government Accountability Office)]に提出(2021-04-26)した。

これに対しNASAは、今回の決定は予算の制約とスケジュールの遅れを取り戻すためのもので、最終決定ではないと釈明している。そしてNASAは、予算審査局(GAO)への苦情書提出を受け、スペースXに対しGAOの決定が出るまではHLS関連の予算支出を停止する、と通告した。

アルテミス計画(Artemis Mission):

NASAは2004年までに米国人女性を含む2名の宇宙飛行士を月に着陸させる計画である。これを基にして月以遠の深宇宙探査を目指す。これを「アルテミス計画と呼んでいる。そして民間および国際協力を得ながら2028年までに米国主導で体制の構築を図る。

このためにNASAは、強力な打上げロケット「スペース・ローンチ・システム(SLS= Space Launch System)」と4~7名の宇宙飛行士を40万km離れた月周回軌道に輸送する宇宙機「オライオン」を開発中である。そして月周回軌道上に「オライオン」がドッキングできるミニ宇宙基地「ゲートウエイ(Gateway)」を設置する。宇宙飛行士はここから「有人月着陸システム(HLS=Human Landing System)」、すなわち「スターシップHLS」に移乗、月面に着陸する。探査を終えた宇宙飛行士は再び「スターシップHLS」で「ゲートウエイ」に戻り、ここで「オライオン」に乗り移り地球に帰還する。

「アルテミス計画は次の3段階に分かれ実施される。

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図3:(NASA) アルテミス計画の予定。アルテミスIV以降は、毎年1回の割合で月着陸・探査を行う。

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図4:(NASA)月周回軌道上に設置するミニ宇宙基地「ゲートウエイ」。ソーラーパネル付き電力・推進装置(PPE=Power & Propulsion Element)、研究室、居住区・補給機ドッキング・ポート(HALO=Habitation & Logistics Outpost)部、オライオン宇宙機用ドッキング・モジュール、などで構成する。図中「Hab」とあるのはhabitation /居住区の略で「I-Hab」とはInternational Habitation / 国際共同開発居住区の意。NASA主導の下にカナダ(CSA)、ヨーロッパ(ESA)、日本(JAXA) が開発に参加する。中核となるHALOとPPEは、2024年5月にスペースXのファルコン・ヘビー(Falcon Heavy)ロケットで打上げられる。日本/ JAXAが担当するのはESAと共同でHALO/I-Habを製作する、またトヨタ自動車がLunar Cruiser/月面自動車を開発する。

スペースXの対応:

ブルー・オリジンとダイネテイックすのクレームに対し、スペースXのイーロン・マスク(Elon Musk)氏は、ブルーオリジンの創立者でアマゾン会長のジェフ・ベゾス(Jeff Bezos)氏らに対し「自分たちは何もできないくせに」と嘲笑している。

ブルーオリジンはまだ有人宇宙飛行の実績がない。同社は最近、2021年7月20日に同社初の有人弾道飛行を実施すると発表した。これは、同社が開発するニュー・シェパード(New Shepard) 宇宙機4号機(NS-4)で大気圏外を含む約10分間の飛行を行い、テキサス州西部の発射場近くに降下・着陸する、と言うもの。ニュー・シェパードは、垂直離着陸する7人乗りの弾道飛行用の宇宙機である。高さ18 mの単段式で同社製BE-3ロケット1基を装備する。2015-11-23に2号機(NS-2)が無人で高度100 kmの弾道飛行を行い垂直着陸に成功した。今年4月までNS-4を含み無人で15回飛行し14回成功している。

これに対しスペースXは、ファルコン9・ロケットとクルー/カーゴ・ドラゴン宇宙機の組合せで国際宇宙ステーション(ISS)との間の人員・貨物輸送を定期的に(20回以上実施)にしている。スペースXは、2020年3月27日にNASAから「ゲートウエイ・ロジステイック・サービス(GLS= Gateway Logistic Service)」業務を受注している。これは、貨物用ドラゴンXL (Dragon XL)宇宙機をファルコン・ヘビー・ロケットで打上げゲートウエイに貨物をすると言うもの。ドラゴンXLは無人で5ton の貨物をゲートウエイに輸送できる。

スターシップSN15の今回の成功は二つの意味を持っている。一つは、月および深宇宙探査に使うための、大型の宇宙機スターシップとスーパー・ヘビー(Super Heavy)ブースターの完全再利用への道を開いたこと、二つ目はスターシップ試作機の成功でアルテミス計画の実現性が高まってきたこと、である。

SN15の成功で、スターシップ・システムは飛行の中核となる姿勢制御を安全かつ効果的に遂行する技術を確立したことを内外に示した訳で、これでスペースXは競合相手の苦情を簡単に退けることができる。

NASAが苦情を受けてHLS関連の予算を凍結したのは、すでにアルテミス計画に選ばれたスペースXとしては “飾り付け” のようなもので痛くも痒くもない措置と受け止めている。

スターシップ/スーパー・ヘビー:

スターシップは高さ50 m、直径9 m、空虚重量120 ton +燃料重量1,200 ton、すなわち打上げ時の全備重量1,320 tonになる。エンジンはラプター6基を搭載、合計推力は12,000 kN。

スーパー・ヘビーは高さ72 m、直径はスターシップと同じ9 m、構造はステンレス鋼で、超低温の液体メタンと液体酸素(CH4/LOX)燃料を3,400 ton搭載する。エンジンはスターシップと同じ「ラプター(Raptor)」を28基を搭載する。発射時の合計推力は72,000 kN (16,000,000 lbs)以上になる。

近く行われる試作2号機「BS2」の打上げ(2021年7月予定)は、搭載エンジンを減らして実施される。尾部には着陸用のランデイング・レグ4本が付き、頂部には降下・着陸の姿勢制御のためにスチール製の4枚のグリッド・フィンが付く。フィンは降下・着陸時に開き、空力的に姿勢制御を行う。新しい着陸方法として、発射台のタワーにキャッチャーを装備、これで着地時にスーパー・ヘビーのグリッド・フィンを受け止め、ゆっくりと着地させる方法が検討されている。実現すれば重いランデイング・レグが不要になる。

スターシップとスーパー・ヘビーを組合せた「スターシップ」は、計画中を含め世界最大で、しかも回収し再使用可能なロケットとなり、低地球周回軌道にペイロード150 tonを打上げることができる。

ファルコン・ヘビー:

ファルコン・ヘビーはスターシップ・スーパー・ヘビーより小型だが回収、再使用が可能なロケットである。ファルコン・ヘビーはファルコン9の発展型で、2段式、1段目はファルコン9、その両側にファルコン9をブースターとして取付ける。つまりファルコン9を3本束ねた形式。64 tonのペイロードを低地球周回軌道(LEO)に打ち上げる能力がある。これは次の大きさであるデルタIVヘビー・ロケットの2倍以上。エンジンは27基のマーリン(Merlin)で離昇時の合計推力は5,000,000 lbs以上になる。全体の高さ70 m、最大幅12.2 m、重量1,430 ton、マーリンは燃料に液体酸素/ケロシン(LOX/RP-1)を使うガス-ジェネレーター・サイクルのロケットで、推力は845 kN、打上げ後回収して際使用出来るように設計されている。

ファルコン・ヘビーの初飛行は2018年2月6日、ダミー・ペイロードとしてテスラ・ロードスターを宇宙空間、火星軌道の外側に放出した。ブースター2本の回収には成功したが、中央のブースターは減速用エンジン2基の着火ができず海面に衝突した。

2回目は2019年4月11日でアラブサット衛星6.5 tonを打上げ、成功した。ブースターは3本とも洋上の着陸船上に着陸、回収に成功したが輸送途中で荒天のためセンターの1本が倒れ破損した。回収した2本のブースターは3回目の発射に使われた。

3回目は2019年6月23日で国防総省/宇宙軍のペイロードUSAF STP-2、3.7 tonの打上げに成功した。センター・ブースターの回収は不成功だったが、サイド・ブースター2本は回収に成功した。

4回目は2021年7月、国防総省/宇宙軍のペイロードUSSF-44、複数の秘密衛星3.7 ton の打上げが予定されている。

スペースXでは、2021年以降「ファルコン・ヘビー」の打上げを年間10回程度実施できるとしている。

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図5:(Wikipedia) スターシップ/スーパーヘビー組合せと他の大型ロケットとの比較。最下段は低地球周回軌道(LEO)に打上げ可能なペイロードtonをを示す。スターシップ/スーパーヘビーは、これまで計画されたロケットの中で最大となる。NASAのSLS Block 1は2021年11月に月周回軌道の無人オライオンなどを打上げる予定。

 

終わりに:

スペースXの将来は、スターシップ/スーパー・ヘビー・システムに掛かっている。スペースXの打上げ業務は現在ドラゴン宇宙機/ファルコン・シリーズに頼っているが、スーパー・ヘビーが完成すれば全てこちらに変更する予定。スターシップ/スーパー・ヘビーは低地球周回軌道(LEO=Low Earth Orbit)に150 tonの人員、貨物を輸送できる。スーパー・ヘビーは、単体でエンジンの数を減らして2021年7月に初の軌道飛行試験を行う。

スペースXの開発が持続することを祈りたい。

―以上―

 

本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。

 

Universe Today / Fraser Cain, May 7. 2921 “SpaceX’s SN15 Starship Prototype Nails It! “ by Matt Williams

NASA September 2020 “Artemis Plan – NASA’s Lunar Exploration Program Overview”

SpaceX Home “Starship”

Wikipedia “SpaceX Starship”