2026年10月25日(令和8年)松尾芳郎
ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡は、NASAの赤外線宇宙望遠鏡で、2026年8月30日に打上げられた。現在太陽・地球で構成するラグランジェ・ポイントL2に向け飛行している。名前はNASAのハブル宇宙望遠鏡の生みの親と言われる天文学者から名付けられた。
(The Nancy Grace Roman Space Telescope is a NASA’s infrared space telescope that was launched on a trajectory toward a Sun-Earth Lagrange point L2 orbit in August 30, 2026. It is named after NASA’s first chief astronomer, the ‘mother of the Hubble Space Telescope.)

図1:(NASA’s Goddard Space Flight Center)ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡は、ダーク・エネルギー、系外惑星、天体物理を調べる宇宙望遠鏡である。

図2:(NASA)ローマン望遠鏡の全容。左の開口部から目標の光が入る。本体の天井部分は、発電兼遮光用の「ソーラー・アレイ・サンシールド (SASS)パネル」で覆われている。本体周囲は外套(Outer Barrel)で覆われ、観測装置の「WFI」や「CGI」はその内側に収まる。位置補正用の「推進装置(Propulsion Module)」は右端に付いている。右上部のパラボラは、地上との交信用。
本稿で使われる言葉の意味
- 天体物理学(Astrophysics):宇宙を調べるために使う応用物理学と数学の分野を云う。
- ラグランジェ・ポイント(Lagrange point):宇宙空間にある二つの物体、例えば太陽と地球の引力(gravitational forces)が等しくなる点でる。この位置に宇宙機を置けば、最小限の燃料で長期間位置を保持できるので「軌道上のパーキング・スポット (orbital parking spot)」とも呼ばれる。

図3:「ラグランジェ・ポイント」太陽(黄色)の引力と地球(灰色)の引力が等しくなる点がラグランジェ・ポイント、太陽に近い点がL1、地球の影になる点がL2だ。L3は地球軌道の反対側の点を言う。木星は地球―太陽の距離1億5000万kmの5倍以上、太陽から約7億8000万km離れた軌道上にあるが、本図の地球の位置に木星があると仮定するとL4、L5には小惑星の集団トロヤ群が存在する。

図4:(NASA) 太陽―地球系のL2は、太陽からの光・熱などが地球で遮られるため、宇宙空間で観測を行うのに適した場所。ジェイムス・ウエブ宇宙望遠鏡( JWST= James Webb Space Telescope)発射からL2点に到着するのに約1ヶ月掛かった。
- 赤外線(Infrared light):赤外線は電磁波の一部分で人間の目では見えないが熱として感じる。赤外線は可視光線より波長が長いがマイクロ波より短い。

図5:(NASA)電磁波とNASAが打上げた宇宙望遠鏡の観測波長。「ウエブ望遠鏡」は可視光線の波長の長い部分から長波長の範囲を観測できる。「ハブル望遠鏡」は波長の短い電磁波から赤外線の一部までをカバーしている。「ローマン望遠鏡」は可視光線と近赤外線を観測する。
- ハブル望遠鏡:HST (Hubble Space Telescope)は1990年4月24日に打上げられた。地上約600 km上の地球周回軌道を回っている。長さ13.1m、重さ11 tonの筒型で、内部に反射望遠鏡があり、主鏡は直径2.4 m。軌道高度は国際宇宙ステーション(ISS)より100 km以上外側にあり軌道傾斜角も大きく異なるので、宇宙飛行士による出張修理はなかなか困難。しかし2009年5月に5回目で最後となるサービス・ミッション「STS-125 / HST SM-4」が実施され、HSTの寿命延長に貢献した。

図6:(NASA) 1997年2月のサービス・ミッション「STS-82」で宇宙船スペース・シャトル・デイスカバリーから撮影した「ハブル宇宙望遠鏡」。
- ウエブ望遠鏡:JWST (James Webb Space Telescope)は2021年12月25日に打上げられた。地球から見て太陽と反対側150万kmにあるラグランジェ・ポイントL2で、地球と同じように太陽を周回している。主な任務は、宇宙の始まりビッグバン時の星々を観測する事、宇宙が膨張を続けている事で星々の光は波長が引き延ばされ赤外線になるので、赤外線領域での探索・観測をする。もう一つの任務は赤外線画像センサーで、太陽系近くの恒星を回る系外惑星を観測する事である。開発はNASA主導でESA/欧州宇宙機構、CSA/カナダ宇宙庁などが参加している。

図7:(NASA) JWSTは重さ6.2 ton、反射望遠鏡で主鏡の口径は6.5 m、主鏡は6角形セグメントを18枚組合わせた鏡で、面積はハブルの主鏡の7倍以上になる。望遠鏡・観測機器本体の地球/太陽に面する側には、光・赤外線を防ぐ遮光板(5層構成・面積はテニスコートほど)があり、これで望遠鏡・装置を極低温「-233℃」に保持している。
- ダーク・エネルギー(Dark Energy):宇宙を膨張・加速させている原因とされる不可解な力。宇宙の平均エネルギー密度の4分の3、約 70 %を占めている正体不明の成分を「ダーク・エネルギー」・「暗黒エネルギー」と呼ぶ。その存在が認められたのは、1998年に遠方の「Ia型超新星」の観測データから、宇宙の加速膨張が発見されたことによる。(加速膨張は負の重力(斥力)を出すような成分が宇宙を満たしていることを示している)
- ダーク・マター(Dark Matter):宇宙の平均エネルギー密度の27 %を占める正体不明の物質を云う。我々の身の回りにある通常の原子からなる物質は僅か5%しかない。ダーク・マターは「通常の物質」と同じように重力相互作用はするが、電磁波はださず存在を確認することはできない。渦巻銀河の観測・研究からその存在が推定されるようになった。

図8:(天文学辞典)宇宙の構成物質の割合を示す「宇宙のパイ(cosmic pie)」図。我々の周辺にある通常の原子で構成される「通常の物質」は5%に過ぎない。
- 「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡 (Nancy Grace Roman Space Telescope)」の打上げ;―
打上げは2026年8月30日、NASAのケネデイ宇宙センター(Kennedy Space Center, Florida)の発射台39A ( Launch Complex 39A)からスペースX社のファルコン・ヘビー (SpaceX Falcon Heavy) ロケットで打上げられた。打上げ、ロケット2段目の分離、望遠鏡部分の分離、地上との交信開始、いずれも順調に推移し、10月22日現在までに初期機能試験を完了しl2に向かい飛行を続けている。
ファルコン・ヘビーは、ファルコン9ロケットを中心に両サイドにブースターとして同型ロケットを取付けて3本とした重量物打上げ用ロケットである。2段式で地球周回低軌道なら63,800 kg、火星軌道なら16,800 kgを投入できる。2018年から今回まで13回打上げ全て成功している。
1段目は、ファルコン9を3本束ねた構造なので、エンジンはマーリン!D 9基の3倍合計27基あり、合計推力22,800 kN (513万 lbs)になる、打上げ時の重量は142 ton、全体の高さは70 mになる。

図9:(NASA/Joel Kowsky)ローマン宇宙望遠鏡は、2026年8月30日、NASAケネデイ宇宙センターからファルコン・ヘビー・ロケットで打上げられた。
- ローマン望遠鏡が宇宙観測をする位置:
ローマン望遠鏡は地球から150万km離れた位置で太陽を周回する。この位置は「ラグランジェ・ポイント L2」と呼ばれる。太陽と地球の引力が等しくなる宇宙空間の仮想の位置で、太陽の光は地球に遮られ、望遠鏡は位置や姿勢を保持するのに必要な燃料消費が僅かて済み、宇宙観測に最も適した場所である。L2到着後、2027年初めから画像の取得を開始、少なくとも5年間は観測活動を続ける。
- ローマン望遠鏡が搭載する観測機器:
ローマン望遠鏡は、宇宙空間に漂う微細な塵の影響を最小限に抑えるため「赤外線」を使って観測する。望遠鏡の主鏡は直径2.4 mでハブル望遠鏡と同じだが、搭載されている「WFI (広帯域観測装置)」は、ハブルの「ACS(掃天観測用高性能カメラ)」の100倍、「WFC3 (高視野カメラ)」の200倍の広視野を持つ。この主鏡で宇宙の彼方から来る膨大な量の微細な星々の光を捉える。
主鏡に集めた光は、2つの観測機器、「WFI=Wide Field Instrument / 広帯域観測装置」および「CGI=Coronagraph Instrument /コロナグラフ遮光装置」に送られる。
「WFI=Wide Field Instrument / 広帯域観測装置」とは、300-megapixel (メガピクセル)の赤外線カメラである。「可視光線」から「近赤外線」[波長0.48~2.30 μm]の画像を捉える。8枚のフィルターが内蔵され、1枚は広帯域、他の7枚は狭帯域で高精度の画像を得る。これで数十億光年昔に星々から出た光を知ることができる。宇宙が始まった初期を知ることで宇宙の誕生から現在の膨張への歴史、そして将来の姿の解明につながる。
「CGI=Coronagraph Instrument /コロナグラフ遮光装置」とは星々(恒星)が発する眩しい光を遮断する装置である。短波長帯(575 nm~825 nm)を遮光するハイ・コントラスト(high-contrast)・コロナグラフである。これで恒星の周囲を回る惑星を観測する。これまで類似の装置があったが、ローマン望遠鏡のは遥かに強力で恒星の10億分の1の光度、視覚でいうと恒星から僅か0.15 秒角(arcseconds)しか離れていない惑星を分離・観測できる。「CGI」は、将来打上げ予定の「Habitable World Observatory (HWO)/生命存在惑星観測宇宙望遠鏡」に搭載する試験装置でもある。
日本/JAXAは、コロナグラフ装置光学素子の製作などでローマン望遠鏡計画に参加している。

図10:(NASA)ローマン望遠鏡のイラスト。主鏡は直径2.4 m。離れて描かれている右Outer Barrel 内には、二つの観測機器[WFI]、[CGI]、推進モジュール、通信モジュール、などが収められる。

図11:(NASA)ローマン望遠鏡の[WFI=Wide Field Instrument]にある7枚のフィルターで、図では“赤”フィルターが使われている瞬間を示している。

図12:(NASA)ローマン望遠鏡の{WFI}を通過した微細な光がが画像に変換される図。右の四角は、超遠距離にある無数の銀河を背景にして画像処理が済んだ範囲を示す。

図13:(NASA)ハブル望遠鏡およびウエブ望遠鏡とローマン望遠鏡で一度に観測できる範囲を示す図。ローマン望遠鏡のカメラの卓越した能力を示している。

図14:(NASA Goddard Space Flight Center)ウエブ望遠鏡(黄色)とローマン望遠鏡(青色)の観測範囲の比較図。背景は無数の銀河が描かれている。

図15:(NASA/Chris Gunn) NASA のGoddard Space Flight Centerでローマン望遠鏡の光学望遠鏡部分(主鏡と副鏡)を吊下げ輸送用台に取付ける様子。ここで主鏡・副鏡部と二つの観測機器、[WFI/広帯域観測装置]・[CGI/コロナグラフ遮光装置]の光学的に正確なアラインメントを出す。望遠鏡の頭脳とも言うべき「エレクトニクス・ボックス」は、その他の電子装置と共に望遠鏡支持フレームに取付けられる。

図16:(NASA Kennedy Space Center) 2026年8月21日、ローマン宇宙望遠鏡をファルコン・ヘビー打上げロケットに搭載するためフェアリングを被せる様子。望遠鏡はフェアリングに納められ、打上げ、上昇、所定の軌道で分離・L2へ向けて巡航する。ローマン望遠鏡の大きさは、長さ12.7 m、幅4.4 m(ソーラーパネル・サンシールド(SASS)を展張した場合)、主鏡の直径はハブルと同じ2.4 mだが重さは80 %軽い。
- ローマン望遠鏡で調べる課題
ローマン望遠鏡で調べる課題は3つある。「ダーク・エネルギー(dark energy)」、「系外惑星(exoplanet)」、および「ダーク・マター(dark matter)」。
「ダーク・エネルギー(dark energy)」
宇宙を膨張・加速させている原因とされる不可解な力。宇宙のエネルギー密度の68 %を占めている正体不明の成分が「ダーク・エネルギー」である。これが宇宙の膨張を加速させている原因と考えられている。しかもダーク・エネルギーは時間と共に変化しているらしい事が判っている。ローマン望遠鏡の観測で疑問の解明が進むことを期待している。
「系外惑星(exoplanet)」
我々銀河系の1000億を超える星々(恒星)の殆どには惑星系が存在する。地球は太陽系の惑星の一つだが、太陽系外の恒星を周回する惑星を「系外惑星」と言う。すでに6,000個以上発見されている。銀河は無数の星々(恒星)の集まりなので、それぞれの周囲を回る惑星(系外惑星)も無数に存在する筈だ。ローマン望遠鏡に搭載する「コロナグラフ装置」の力で多種類の「系外惑星」を発見し、地球のような「生命存在可能領域 (habitable sone)」にある惑星を発見し解明する事が期待される。
「ダーク・マター(dark matter)」
「ダーク・マター」とは、宇宙を構成する無数の銀河をお互い引き付け合う引力/糊 (glue)のような働きをする目視できない物質を言う。ローマン望遠鏡は、深宇宙を観測し、遠い昔に起きた銀河の生成や銀河の集団の形成の様子を観測できる。もし「ダーク・マター」が軽くで高速で動き回る粒子なら、凝集するのに時間がかかり大規模な宇宙構造を形成するのに長時間かかる。ローマン望遠鏡で「ダーク・マター」の粒子らしいものを見付ければ、その解明に一歩近づくことになる。
- 望遠鏡の名前「ナンシー・グレース・ローマン(Nancy Grace Roman)」:
ミッションは、NASAの初代の主任宇天文学者(Chief Astronomer)である「ナンシー・グレース・ローマン博士 (Dr. Nancy Grace Roman)」(1928-2018)に因んで「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡計画」と名付けられた。ローマン氏はハブル望遠鏡の生みの親で”ハブルの母親(mother of the Hubble Space Telescope)と呼ばれている。

図17:(NASA) ハブル宇宙望遠鏡の模型を側にナンシー・グレース・ローマン博士、1966年撮影。
終わりに
「ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡」計画は2010年に全米科学アカデミー(NAS=National Academy of Sciences)が「今後10年間で行う天文研究」で最優先計画として推薦された。2012年にアメリカ国防総省の国家偵察局(national Reconnaissance Office)が、「L3ハリス社」に造らせた口径2.4 mの望遠鏡をNASAに提供、NASAはこれを基に2020年3月に「広視野近赤外線サーベイ宇宙望遠鏡 (WFIRST=Wide Field Infrared Survey Telescope)」として開発を開始した。これが驚くべき性能を持つローマン望遠鏡として実現したのである。
我国では、日本学術会議、JAXA、防衛省、民間企業、それぞれ米国に対応する組織があるが、活動が必ずしも一体化していないのが残念でならない。
―以上―
本稿作成の参考にした主な記事は次の通り。
- JAXA ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡
- Wikipedia ナンシー・グレース・ローマン宇宙望遠鏡
- NASA what is the Nancy Grace Roman Space Telescope ? (Grades 5-8)
- SORAE 2026-08-24 “NASA「ローマン宇宙望遠鏡」打ち上げ準備の最終段階へ 早ければ8月30日にも打上げ“
- 読売News 2026-08-30 “NASAが新型宇宙望遠鏡を打上げ、太陽系外にある惑星を探索、観測できる範囲ハブルの200倍” by中根圭一
- NASA Frequently Asked Questions / Quick Facts
- NASA Roman Team Checks Out Main Instrument, Sharpens Telescope’s Focus
- NASA September 30, 2026 “ Checks Out Roman Guidance System, Takes First Coronagraph Observation
- NASA October 22 2026 “NASA’s Roman Space Telescope Enters First commissioning Phase”
- 天文学辞典 “ローマン宇宙望遠鏡”
- NASA Science “ Nancy Grace Roman Telescope”
- Wikipedia “Nancy Grace Roman Space Telescope”